その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

らしさ

 自分のいとこはかなりのネガティブである。ある意味完璧主義者なのかもしれないが、自分が気にしないようなことばかりを気にして、勝手に気を落としていることが多い。「他人は他人」という割り切れる力がないのだ。人は「あなたらしくでいい」と言う。自分もそう思う。誰一人として同じ人間はいないし、同じようにできる人間はいない。その人自身が自然に生きているとらしさというものは発揮されると思うのだ。だから、自分自身のことを責めるのはよくないと思う。

 

 自分らしさ、自分のペースというのを考えて生きているとかなり楽に生きられる。周りを気にしないことがこれほども自分を楽にするのかと驚いたこともあった。もちろん周りの人間のことも視野に入れ、協調性を大事にしなければいけないことは言うまでもないし、それはまた別の話である。その人その人の個性というものがある。それを自分自身で殺してしまうようなことはしてはならない。しかし、らしさって何だと思っている人も中にはいる。自分は自分がどういった人間かとかどんな長所があるのかとおいうことをわざわざ考えたことがない。でも、らしく生きているとは思う。それはなぜか。「飾らず素直に生きている」からである。周りの人間にこう思われてそうだからこうするとか逆にこう思われたいからこうするというようなことが基本的に思わない。自分の中でできることを最大限に使って他人に喜んでもらいたいという気持ちはあるが、他人にどう思われていてもいいと思っている。

 

 らしさの見つけ方って意外と難しいかもしれない。「こんなことが個性?」と思うことがある。自分もネガティブだし腐っていた頃はそう思っていたことがあった。せっかく褒めてもらっても「そんなのみんな持っている。よってそんなものはらしさとは呼べない」と偉そうに返していた。自分の場合、自分が唯一無二の存在だなどと思うことなくとも元気に毎日楽しく暮らしていた。それは、周りと比べていなかったからだろうと今であれば思える。だから、らしさを考えるのは絶対やらなくてはいけないことだとは一概には言えない。自分というものを見失っていたり、自分自身に自信が持てない場合にはらしさについて考えてみるのもいいのではないかと思うのである。SNSで「私って何で生まれてきたんだろう。何でこんなに可愛くないのだろう」なんてことをつぶやく毎日より「可愛くないかもしれないけど、私は私だ」と思う毎日の方が何百倍いい。

 

 必ず、その人にしかない魅力はある。それが「らしさ」だ。それをわざわざ考えなくとも生きられる自分のような人もいれば、そうでない人もいる。らしさを自覚するのは難しいが、身近な人は絶対に分かっているはずであるため、聞いてみることを勧めたい。らしさを大事にして胸を張って生きていこう。