その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

勉強よりも大事なこと

 人によって大事にしていることは違う。バランスの食事を毎日続けることが大事だと思う人もいれば、年に1回の小旅行を大事にしている人もいる。それはそれぞれで大事にしてもらえらば良いだけの話だ。だから、今回は自分が大事にしていることについて紹介したいと思う。

 

 小学生の頃に通知表というものがあったと思う。中学生の頃も高校生の頃もあったが、そこに生活態度について評価される欄はなかった。その生活態度で評価される欄に書かれていることが大事だと思っている。例えば、協調性や公平性などである。しかし、自分は小学生の頃は勉強が1番大事なことだと思っていたため、各教科の評価は良い評価をされていたが、生活態度に関してはあまり良い評価がついていなかった。今思えば、最悪な話だと思う。

 

 母のせいにはしたくないが、母は「勉強は今しかできないことだから」「勉強が1番大事」が口癖で、幼少期の頃からそういう考えが植え付けられていた。今でもその母の考えは変わっていない。だから、勉強が大事だと思い込んで勉強も苦じゃないしということで勉強に励んでいた。母からすれば勉強ができない、授業についていけないことがコンプレックスだったみたいだ。でも、反動で自分と妹にたくさん習い事をさせてくれて、自分は楽譜に階名を書かずともピアノが弾けるし、机の下で指を折って計算をしたことなんてない。そこは本当に感謝している。

 

 自分は昔からスポーツが好きな子だった。とにかく家中を走り回って明るくて元気な子どもだった。それでも、母は大きくなるにつれて「スポーツで食べていくなんて無謀。だから、ちゃんと勉強しなければいけない。」と自分に言っていた。自分もそんなことくらい分かっていたが、好きなことは辞められなかった。小学生の頃はサッカーが辞められなかったし、中学生~高校生はソフトボールが辞められなかった。自分も「スポーツは趣味程度」と線引きをしてしまったのも、大袈裟に言えば夢を絶たれるような母の言葉だったように思える。でも、中3でスポーツの道で生きていくと決めた瞬間から「自分はやっていける」という覚悟を持った。証明すれば自分の生き様としては母に認められるかもしれないと思ったのだ。

 

 自分は1+1=2より大事なことがあると思っている。と母に言ったことがあるが、やはり母は勉強が1番大事だと思っているみたいだ。それは人それぞれだから別に良い。しかし、勉強だけをしていて生きていく上で大事なことが欠けている人が多いと感じた中学生の頃から、自分は考えを改めることになった。すれ違った人と目を合わせて挨拶をする、他人を思いやる、時間を守るといったことが大事だと、勉強よりも大事だと思うようになった。

 

 人それぞれ大事にしていることがあるであろうが、それを大事にするという気持ちも大事であると思っている。大事であると思ったことを信じて大事にして、生きていく上での基盤にしていく強さも必要であると感じている。