その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

「自分がしていることを他人にも求める」は違う

 皆さんこんにちは。今日のテーマは昨日予告していた通り「自分がしていることを他人にも求めるは違う」です。お時間許す方は最後までお付き合いください。よろしくお願い致します。

 

 もう3ヶ月も前のことになりますが、自分は1本の映画を見ました。タイトルは「花束みたいな恋をした」です。もう上映はしていないでしょうが、これからネット配信されるかもしれないのでネタバレを避けながらこの映画で思ったことを書いてきます。この映画のお話の内容がどうのこうのという話をしたいのではなく、その中の本当に1シーンを引っ張ってきて書いていきたいと思いますが、その1シーンというのが菅田将暉さんと有村架純さんが同棲をしていて、菅田将暉さんが夢がある中でその夢を追いかけながら目先の生活のためにサラリーマンとして働く一方で、有村架純さんはアルバイトを辞めて少ない給料でもやりたいことをやっているというシーンなのです。それに対して菅田将暉さんは有村架純さんに「僕は今もやりたいことを我慢して生活していくためにやりたくもない仕事をしているんだ。だから、同じようにやって欲しい」といったニュアンスの言葉を放っていました。ここまで聞くと、何の問題もないように見えているかもしれませんが、個人的には問題があると思いました。

 

 この後、2人の間の空気は険悪になっていきます。このシーンの時、自分は完全に有村架純さんの味方でした。それはなぜかと言うと、「菅田将暉さんがやっていることを全て有村架純さんにも強要していたから」です。菅田将暉さんがやっているからといって、有村架純さんもやらなければいけないなんて決まりはありません。まずここで言っておきたいのですが、同棲している上での生活費やその割合、同棲しているという状況を考えないものとしての自分の考えです。実は、自分の妹が菅田将暉さんのタイプで良く注意をします。「こちら側がやっているのだからみんなもやってくれないと困る」という言い分は周りが迷惑します。逆に言えば周りの人間と何でも同じようにしていないと気が済まないのだと思いますが、そんなことをしていたら個性も強みも消えてしまいます。同じ人間は1人もいないのですから、何でもかんでも同じことをするなんてことは絶対に実現不可能であることを気づかなければいけないと酷い時には妹に説教したりすることもありました。

 

 逆の立場になって考えてみると早いはずです。人間得手・不得手があるし、性格だって違うのだから、それに伴ってしたいこと・できることも違うのです。だから、もし自分が苦手なことを無理矢理「できてくれないと困る!」と言い放たれても、辛いし「これ以上求められるのはしんどい」と思ってしまいます。「ウチはウチ、ヨソはヨソ」と似た考えを徹底していくべきだと思います。読んでいただきありがとうございました。次回のテーマは「充実しているかどうか」を予定しております。ではまた次回。