その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

努力が結果に繋がらなかったら

 皆さんこんにちは。今日のテーマは昨日予告していた通り「努力が結果に繋がらなかったら」です。お時間許す方は最後までお付き合いください。よろしくお願い致します。

 

 かなり前に「努力をすることは不可欠だ」といったニュアンスのブログを書いたと思うのですが、努力をただやれば良いという話ではありません。「努力は必ず報われる」なんてことは残念ながら全くありえない話です。「正しく質の良い努力」をしなければ結果は出ないし、夢は叶いません。だから、努力が結果に繋がらなかったら「努力の仕方が悪かったのかもしれない」と思わなければいけません。

 

 自分は、小学5年生から中学受験に対応している塾に親に入塾させてもらって、私立中学校に合格するためだけのことを考える約2年を小学校高学年では送っていました。ちなみに、私立中学校に進学したいと言い出したのは自分です。理由は、地元の近所にある公立中学校の治安が悪かったからというのと、医者になりたいという膨大な夢があったからです。そう意気込んで、絶対合格したいと思い続けて何とか合格することができました。一応この時点で結果は出たし、1つの目標は達成しました。努力が実った瞬間ではありました。その後、制服の採寸に行き入学式を無事終えました。ここまでは良かったのですが、入学後最初の中間考査での結果が散々で同級生のすごさに圧倒され、もちろん入学する前までは戦えると思っていましたが、正直中間考査での結果を見て「戦場を間違えた可能性が高い」と思ってしまったのです。この時点で考えてみると、正しい質の良い努力ができていなかったのだと思い、ショックでした。あの時、自分ではやり切ったと思い新たな道を探す決心をしましたが、努力の仕方が間違っていたのだろうと思います。もちろん、やり切ったのも十分にあったので合格したのだと思いますが、その評価された結果が生かし続けられなかったというのは努力の仕方が原因だったのではないかと予想しています。

 

 努力が結果に繋がらないことなんてしょっちゅうあります。その時に真っ先に考えることは、「今までの努力の仕方」です。「どういった努力をしてきたか」「どんな質の努力をしてきたか」ということを考える時間を作ってみてください。そこにヒントが隠れているかもしれません。努力はただやっていてもいけません。しかし、やらないと何も始まらないことは絶対に忘れないでください。読んでいただきありがとうございました。次回のテーマは「量より質と言えるのは量をこなした人のみ」を予定しております。ではまた次回。