その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

「子どものために」が裏目に

 皆さんこんにちは。今日のテーマは昨日予告していた通り「子どものためにが裏目に」です。お時間許す方は最後までお付き合いください。よろしくお願い致します。

 

 「子どものために」と考えすぎて、過干渉や過保護に育てる親というのが存在します。今まで、子どもを放置したり子どものことを考えない親を指摘するブログを書かせていただいてきましたが、今日は「子どもに構いすぎる親」は逆にどうなの?というブログを書かせていただきたいと思います。さて、「モンスターペアレント」という言葉も浸透した現代社会。虐待やネグレクトとは正反対の過保護な親も増えてまいりました。その過保護な親に対して子どもは困惑している、または逆にいつまでも独り立ちできない場合があるのだと思います。

 

 自分の親は虐待とかはもちろん全くなく、むしろ手をかけてくれる親でした。でも、母がよく言っていたのは「一緒に暮らしている間にできることは全てやってあげる。でも、家を出て行ったら自身のことは自身でやりなさい」ということです。今は実家を出て一人暮らしをしていますが、高校生までは一緒に暮らしていたので至れり尽くせりでした。情けないことですが、洗濯機の回し方すら知りませんでした。食事の用意も掃除も何一つ身の回りのことは一切させないという母でした。それらをする余裕があるのなら「勉強をして欲しい」と耳にたこができるほど言っていました。だから、自分にとってはありがたい家庭環境でした。はっきり言って絶対に学校に行きながら家事をするなんてしんどいです。そして、母は専業主婦であったこともあって、学校行事や保護者懇談の参加、習い事の送り迎え、宿題・持ち物のチェックは当たり前にしてくれていました。でも、自分は反抗期がなくて本当にありがたいと思っていましたが、全てに干渉されることを「鬱陶しい」「煩わしい」と感じる子どももいるのです。だから、子どものためになっていると思い込んで自己満で子育てはしてはいけません。

 

 そんな中で、自分は自分のやりたいことや好きなことを主張していました。だからこそ親と良い距離感を築けていたのだと思います。親の強い「子どものために」という強い気持ちが先行しすぎて子どもが息苦しい毎日を過ごしていたり、ストレスを溜め込んでいたりするケースは少なくなく、その息苦しさやストレスを発散する方法が分からなくて、非行に走ったり引きこもりになってしまったりと、逆に親の悩みの種が増え続けるのではないかと思います。子どもを第1に考えることは良いことですが、正しい方向で子どもを第1に考えていかなければいけません。「子どものために」が裏目に出ない家庭が増えることを祈るばかりです。読んでいただきありがとうございました。次回のテーマは「答えは言わずにヒントを与える」を予定しております。ではまた次回。