その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

他人がやりたくないことを積極的にできる人に

 皆さんこんにちは。今日のテーマは昨日予告していた通り「他人がやりたくないことを積極的にできる人に」です。お時間許す方は最後までお付き合いください。よろしくお願い致します。

 

 今日は中学3年生のある終礼で恩師が話してくれた話についてお話したいと思います。自分はぶっちゃけ家事が嫌いです。1人暮らしを始めて早3年が経とうとしていますが、炊事・洗濯・掃除は仕方なくこなしています。その中でも特に掃除が嫌いで、小学生の頃から掃除の時間が大嫌いでした。皆さんもそうだったかもしれませんが、クラスで1週間ごとに掃除の担当が教室のほうき、ぞうきん、理科室、図書室、トイレ…と変わるシステムでした。ぞうきんは手が濡れるから嫌だったし、トイレは単純に嫌で今思えば最悪な考えをしていました。掃除の時間にどんなことがあって、何を見て恩師が思ったのか具体的には覚えていませんが、「他人がやりたくないことを進んでやれる人になって欲しい」とクラス全体に言いました。自分は掃除をすることが大嫌いなので、とても心に響いて今も心の奥に残っています。誰かが「やっておこうか?」と自分がやりたくないことを進んでやってくれる人に対して「ありがとう」「助かるな」と思うだけで、それが自然にできる人を「すごい」「自分もそういう人間になりたい」と思ったことはなかったので「なんて情けない人間なんだ」と落胆しました。それから、他人がやりたくないようなことを自分が積極的に引き受けるように意識を変えていきました。

 

 学校で行う掃除のことはただの例にすぎませんが、恩師は常に大事なことを気づかせてくれる存在で改めて尊敬したことを覚えています。人間、時間を要すること、面倒くさいこと、他人から評価されにくいことは基本的にやりたくないものです。それでも誰かがやらなければ話が進まないということがある場合に、昔の自分なら「誰かよろしくお願いします」といった心の持ちようでしたが、「自分なんかで良ければ何とか力になりたい」と思うようになりました。クラスで旗を作る際に「部活があるから忙しい」という皆忙しいし一丁前に言い訳をして、あまり関わることなく完成の日を迎えていました。でも、恩師がある終礼で話してくれたこの話を聞いてからは、積極的に旗作りに参加するようになりました。時間はかかるし、放課後は潰れたり部活に行けなかったりするし、完成品だけ見ると誰が何に携わったのか分からない旗作りでしたが、今では良い思い出となっています。「誰かの役に立てている」と感じることが自分の喜びになることを学ぶことができました。読んでいただきありがとうございました。次回のテーマは「1番になりたい」を予定しております。ではまた次回。