その辺にいる社会人3年生(24)

社会人2年目のブログです。

寛容な教育者

 教員を志望する者であれば必ず教育実習というものが待ち構えている。その教育実習が先月あったというブログはこのブログの1つ前に投稿しているため、そちらを見ていただきたい。そこで今日は、先月の教育実習でお世話になった実習校で出会った指導教官について書いていこうと思う。そもそもなぜ、教育実習で初めて出会った指導教官についてで1つのブログを書こうと思ったのかと言うと、単純に教育実習を笑顔で終えさせてくれた存在だからである。

 

 1つ前のブログでも書いているが、教育実習は指導教官との相性が左右する。これは自分の実体験からこう思っているだけだが、高い確率で間違っていないと自信を持って言える。それは、実習校で最も多く関わることになるからである。驚かれるかもしれないが、生徒と以上にである。まず、朝出勤すると教育実習ノートを持って職員室へ向かい、朝の挨拶を指導教官と交わし教育実習ノートを提出する。この時点でお分かりいただけるだろうが、出勤後出勤のタイミングが合う先生方がいらっしゃらなければ、指導教官と最初に挨拶を交わし顔を合わせることになるわけである。教科担任制である中学校・高校以外はクラス担任制で、だいたいクラス担任が指導教官になることが多いためその指導教官の授業を1日中参観させてもらうことになる。掃除や終わりの会などももちろん指導教官と一緒でその後やっと言い方は悪いが、解放された。そして、放課後を各々の時間を過ごし、退勤する際に職員室へ立ち寄り「お先に失礼します。お疲れ様でした」と指導教官に声をかけ、1日終了となる。

 

 こんなに関わりの深い人であるのに、味方であるか敵であるか分からないのが、教育実習なのである。何とも不思議な話である。自分は恩師が指導教官で特殊なケースを経験し、敵は言いすぎだが味方とも言い切れないほどの絶妙なポジションだったことも完全に味方でいてくれたこともどちらも経験済みである。例えば、スタンスも違う。「好きにしなさい」「やりたいようにやりなさい」。少し似ている言葉でもかなり違う。「放任と自由は違う」とどこかで聞いたことがある。それを感じることのできた2つの教育実習でもあった。

 

 はっきり言って、6月の教育実習はトラウマになってしまっていた。まずは、大怪我をしたこと。本当に辛かったし、教育実習を続行するかどうかも迷ったほどだった。そして、指導教官との関り。毎日何か1つ怒られる。呼び出しをされる。自分が未熟で2度同じ過ちをして、更に怒らせてしまうこともしばしばあった。ここからは言い訳になると思うため、聞き流してくれたらいいのだが怪我をするとなぜか怪我をしたところにしか気がいかなくなって、全く脳が機能しなくなる。自分の場合、脚を怪我したため立っていることに集中したり歩くことに必死になったりして周りが全然見えていなかったのだろうと思う。「怪我をすることはもちろんある。できることを見つけてやりなさい」と言われていたが、先程も書いた通り思考が停止するため、考えることもできなかった。すると、また怒られる。その繰り返しだった。今だから言えるが、毎日微熱のような暑さと共に起きていたし、昼ご飯に母の作ってくれた弁当が全て喉を通らなかった。「今日はどんなことで怒られるのだろう」と思いながら毎日通勤していた。もちろんこんな実習生はいらないし学ぶ気がないと思われても仕方ないのだろう。確かに怒られすぎて委縮して口数は減ったし指導教官とコンタクトを取っていると言っても怒られることだけで自分は永遠に説教されているだけだった。今も記憶がほとんどない。当時も意識が朦朧とする中で話を聞いていた。

 

 そんなトラウマを抱え、また教育実習に行かなければいけないことが決まっていたため、再び憂鬱な気分になっていた。できれば行きたくないとさえ思っていた。「教育実習=怒られる」のイメージが植え付けられていたからだ。もちろん失敗しに行くものであるということは認識していたが、あんなにも怒られるのかというのは正直思っていた。もちろん自分が出来の悪い実習生であったためこういう結果を招いたのは紛れもない事実ではある。そして、先月2つ目の教育実習へ行ってきたのである。

 

 その前に、指導教官と打ち合わせをするために実習校へ訪問した。初めての学校、初めてお会いする先生方、初めて顔を合わせる生徒のことを考えると、胃が痛くなるくらいに緊張した。幸い教育実習生の中に幼馴染がいたためとても心強かった。そして、訪問後実習担当の先生に校内を案内していただき、その後「ちょうど終わりの会をやっていると思うためそれぞれのHR教室へ行ってみて欲しい」と言われ、事前に聞いていた配属クラスの教室へ向かった。言われた通り廊下から教室の様子をうかがっていた。そうすると、指導教官が歩み寄り自己紹介をして、「入ったら?」と声をかけてくれたのだが、変な真面目さが出てしまい「教室には入るなと言われてますので、ここで結構です」なんて失礼なことを言ってしまった。それでも、「そうなのか」と優しく笑ってくれていた。これが指導教官とのファーストコンタクトだった。その後、生徒を玄関まで送る際にまだ教育実習も始まっていないのに連れていってくれ、配属クラスのことを次から次へと歩きながら話してくれたのだ。そして、「すぐ行くので、会議室で待っててください」と言われ、別れた。数分すると、指導教官がやって来た。何を話したか緊張のあまりそこまで具体的な話は覚えていない。でも、とにかく優しかった。研究授業の話になり、「何がしたい?」と聞いてくれた。そこで、怪我をして手術をしたことも打ち明けた。体育での授業はできないだろうと思っていたが、指導教官が「大丈夫。体育で研究授業やろう」と言ってくれたのだ。はっきり言って自分は体育以外の教科を教えることができない。免許もない。だから、その不安を取っ払ってくれたことが嬉しかった。怪我をしているためどこまでできるかも自分でも分からなかったが、寛大な指導教官の粋な計らいに甘えさせてもらった。他にも「何か聞いときたいこととかってある?」とずっと優しかった。指導教官も初めましてであるため気を遣ってくれていたのかもしれない。

 

 その日から2週間が過ぎ、いよいよ教育実習が始まった。教育実習全体の出来事や様子は1つ前のブログで読んでみて欲しい。指導教官が言ってくれることやってくれること全てに感動していた。優しさが溢れ出ていて自分は幾度となく「本当に教育実習に来ているのか」と自分を自分で疑った。何を聞いてもどんな話を振っても全く嫌な顔一つせずにたくさん話をしてくれた。だから、自分も「こんなこと聞いてもいいのか」と思うことが一度もなかった。とても大学生とは思えないような幼稚な質問に対しても真剣に答えてくれた。たった2週間の付き合いなのにも関わらず、自分のことを大事に思ってくれ「きっといい先生になってね」といったポジティブな思いも感じ取ることができた。1つ前のブログにも書いたのだが、それは毎日指導教官が書いてくれる教育実習ノートのコメントにも表れていた。そこでも自分は怒られているコメントしか見たことがなかったため、自分は毎日驚いていた。

 

 ある日、指導教官に「教育実習って怒られるものじゃないんですか?」と真顔で聞いてみた。すると指導教官も少し戸惑った表情で「え?違うって~!!!」と明るく返してくれた。正直、「この子は何を言い出すんだろう」と思われたと思う。続けて「かなり厳しかった?」と聞かれたため、正直に首を縦に振った。指導教官は「早く言ってよ~厳しくしたのに~」と言って笑っていた。そんな冗談も言えるような楽しい人だった。何度でも繰り返すが、教育実習を成功させるためには、指導教官との相性がどうかがカギとなる。だから、自分はたくさん指導教官に救ってもらえて楽しい教育実習で終えることができた。

 

 「放任と自由は違う」という話を冒頭で出したが、そう感じたのは研究授業の準備段階であった。研究授業とこの先に出てくる学習指導案の説明も1つ前のブログに書いてあるためここでは省かせてもらう。研究授業をするためには、学習指導案を書いて指導教官のGoサインが出たら、先生方の人数分を印刷し「研究授業をさせていただきます。よろしくお願い致します」と1人ずつに声をかけるか、いらっしゃらないのであれば先生方のデスクに置いて配り回り、研究授業を迎えなければいけない。6月の教育実習ではこれを1人で行った。自分もこれが当たり前だと思っていた。しかし、先月あった教育実習はそうではなかった。学習指導案作成から指導教官が全て監督してくれた。またこれも感動だった。アドバイスもくれ修正も一緒に考えてくれ勤務時間を超えてでも付き合ってくれた。そんな経験をしていなかったため、本当に嬉しかった。6月の教育実習では、学習指導案を見てアドバイスをくれることは多少あった。しかし、研究授業を終えてから「こうなると思っていた」と言われた。もちろん失敗しに行っているためいいと言えばいいがさすがに言い方は傷ついたし、分かっていたのなら言ってみて欲しかった。これが放任と言えるのではないかと思った。そういうコンタクトは全く密とは言えなかった。失敗をさせて勉強をさせたかったのかは未だ分からないが、自分の中では今のところそう思っている。

 

 先月の教育実習で出会えた指導教官は優しく見守る母のようだった。とても嬉しかったが、自分は優しすぎて最初の頃は怯えていた。指導教官とはどうあるべきなのか正直分からないのだが、教育実習はかなり精神的に追い詰められる。毎日のスケジュール、生徒との触れ合い、部活動指導などなどのことを考えるだけでも慣れていない教育実習生からすればいっぱいいっぱいなのにも関わらず、指導教官との意見の不一致やすれ違いが起きると考えることが増えて、パンク状態になる。6月の教育実習ではそれが起きてしまったが、実習生仲間がいて助けてもらえたため何とか終えることができた。先月の教育実習では、指導教官とたくさんコンタクトを取れて自分からすればとてもいい関係を築けていたと思っていたし、指導教官がたくさんフォローしてくれたためノンストレスだった。

 

 とにかく自分が何をしても何を聞いても指導教官は寛容だった。指導教官のフォローのおかげで自分が何か粗相をしているかもしれないが、分からないようになっていた。「教育実習生にそこまでしてくれるのか」という丁寧な扱いをしてくれていた。ありがたかった。心に余裕があった。もう教師生活が長く様々な経験を積んできているため、自分がやることに対するフォローも慣れているのだろうと勝手に思っていた。心に余裕があると、初対面の大学生にも優しく大抵のことは許せるのだと感じた。教育者として見習うべき点は生徒との接し方や職員室での業務をこなす姿からうかがえた。そんな指導教官の元で2週間過ごせて本当によかった。心から感謝している。